阪神大震災から22年
今日で阪神大震災から22年。朝の新聞に友人が出ていて驚きました。神戸で大学4年生のときに地震に遭ったのですが、地震前の人生と地震後の人生の長さが同じくらいになりました。あのときは一瞬でいろいろなものが破壊され、それまで当たり前に続くものだと思っていた命や社会がふとしたきっかけで、あっけなく崩れるものだと実感しました。
地震のときに印象深かったのは、発生直後の被害状況ももちろん凄かったのですが、半年ほどして落ち着いてからの街の変貌ぶりがきつかったこと。外から見ても被害がないように見える建物も全壊だったりするので、街を歩いていると毎日、何かの建物が解体されていきました。大学の帰りに歩いていると、朝にはあった住宅が帰りには壊されていることが一年くらい続きました。どんな建物だったか覚えていないのですが、毎日記憶のピースがひとつずつ抜かれていく感覚で、非常につらかったことを覚えています。例えていうと、学校に行くと毎日誰かがふっと消えてしまっている状況が一年続く感覚でしょうか。住む環境がどんどん変わっていくつらさは、「なるほど、これがお年寄りが長年住んだ場所を移ると、ぼけてしまう原因なんだな」と納得したものです。
もう一つ印象的だったのは、電車の高架が落下したので半年ほど電車が通らなくなった際の、駅前の人気のなさです。あれほど以前は混雑していた場所が、電車が再開するまで、ほとんど誰もいない場所になってしまいました。それは本当に印象的で、いつも当たり前に思っている社会システムがあるきっかけで一瞬で壊れてしまい、いろんなものが変わってしまうんだ、ということを象徴的に実感しました。
ひるがえって思うのは、現代の社会の危うさです。政府の借金も天文学的にふくらみ、国家予算の半分近くが借金で、日銀が印刷機を回してお札を刷って、国債をどんどん買っているので公共サービスが維持されている状況です。(新規発行の国債の倍の80兆円という、国家予算に近い額の国債を日銀は買っています)外交環境や市場の変化で、国債の金利が高騰し、国債が今まで通り発行できなくなった瞬間に政府の機能は半分停止し、教育・医療・福祉など当たり前に受けているサービスは混乱してしまいます。
天災ではないですが、そういうことが起こりうる環境なので、今年も平穏無事に過ぎて欲しいなと思います。歴史が好きなのですが、今の状況は、それまでの社会システムが壊れて混乱し、新しい社会システムに移行する前の時代(平安末期や、室町中期)に似ていると思うことが多いので、オリンピック後が心配ですね。全体の状況はどうしようもないので、いざというときの避難場所に、本島の家をきちんと整備しなくてはとちょっと思ったりしています。やっぱり平穏無事が一番ですね。
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