中世社会のはじまり/五味文彦
今回は久しぶりの読書日記の更新。岩波新書のシリーズ日本中世史①です。
今に伝わる伝統文化が形成されたのは中世(鎌倉時代)以降で、現代の混沌とした社会状況は中世初期に似ています。いろんな意味で現代を生きるのに参考になる中世史をそういった観点で読み進めると面白いですよ。
中世は何といっても、貴族中心の文化や社会から、武家中心の社会に変革していく激動の時代。4巻シリーズの第一巻では、中世の黎明期である院政の時代(平安時代末期)から、源平合戦、鎌倉時代を経て室町時代初期まで、大きな流れを追っています。
平安時代は中央集権の時代で中央が力を持ち、諸国に中央から役人(貴族)が任命されて派遣され、制度に則って国を治めています。国や大企業中心で、中央が影響力を持って全国を治めている点で、現代の中央集権に近いかたちです。中世は武士の時代。平安時代の貴族に比べれば、治めている範囲も本当に小さく、虫けらのような存在ですが、源氏などの頭領を中心に団結すると、力の大きい貴族を脅かす存在になります。
現代もパソコンやスマホ、インターネットの力で個人(武士)が影響力を増してつながることができ、国や大企業(貴族)の動きを左右できる時代です。オリンピックのエンブレムがネットでつながった個人の力で撤回に追い込まれた点や、大企業の不祥事がユーザーの口コミの力で企業を脅かすほどの影響力を持つなど、中央の貴族(国・大企業)が団結した武士(個人)によって左右される時代に入ってきました。
まだ平清盛や源頼朝などの、個人の力を結集する勢力は出てきていませんが、中央の弱体化を考えると、時間の問題かもしれません。本書を読んでも、貴族に比べて下位の存在と見られていた武士が保元・平治の乱の頃に実権を握るほどに成長したのは、あっという間に感じられたそうです。中央から発信するマスコミしかない時代は、中央が圧倒的に影響力を持てましたが、インターネットの時代はどこからでも情報発信ができるので、地方分散の時代になるのは技術的に避けられません。そういう意味でも、中世は地方の時代なので参考になります。
また、普通に中世史を学ぶ意味でも、とても興味深く読める本です。教科書などの通史は、一冊で多くの事柄にふれないといけないので、どうしても表層的な説明になります。本書は中世だけで4巻シリーズなので、一歩踏み込んだ解説がなされています。
例えば、武士の発展に合わせて禅宗などの分かりやすく大衆的な仏教が勃興し、比叡山や興福寺などの貴族向けの既存の仏教勢力と対立し弾圧された点などが鮮明に描かれています。喫茶の習慣が始まったのも中世ですし、能なども、それまでの田楽や猿楽を観阿弥が吸収し、その子の世阿弥が足利義満の庇護を受け発展し、子孫への覚え書きとして「風姿花伝」を記したところから今日につながる能の体系ができあがったそうです。
また、平安時代は組織と制度の時代ですが、鎌倉時代以後の中世は「家」の時代で、より専門職の世襲化が進んだようです。武士層の発展で、地方にも様々な需要が生まれたので、大工や絵師、細工師、相撲取り、猿楽師や問丸などの金融業者など、いろいろな職業が文書に現れるようになったとのこと。いまはまだ平安時代のように、技術や技は大企業などの組織の中に取り込まれたままですが、いずれ武士(個人)が発展すると、そのニーズを受ける専門の「職人」が見直される時代がくるかもしれませんね。
とにかく、今は既存の制度や枠組みが新しい仕組み(インターネット)のために有効でなくなり、新しい仕組みを前提とした新しい制度や体制が求められている変革期であることは間違いありません。そういう意味でも、社会の仕組みが大きく変わった中世の歴史を学ぶことは、現代を生きる指針になるかもしれませんよ。(岩波書店)
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