職業としての小説家/村上春樹
村上春樹が自身の小説家としての創作手法や今までを振り返り、小説の書き方について考察する自伝的エッセイ。ジャズ喫茶を運営していた著者が、突然小説を書こうと思ったきっかけや、初めて書く中でどのように小説を創り上げていったか、その後どういう考えで小説を展開し、海外に手探りで出ていったかなど、村上春樹のこれまでを振り返られる一冊となっています。
村上春樹を読んだことのない人が、人となりを知る最初の一冊にもいいかもしれません。
一番印象深いのが、著者がいかにいい小説を書き続けるかに意識的で、努力を怠らないところ。私も建築デザインという創作系の仕事をしているから分かりますが、いいデザインを作り出すのは、それほど難しくないのですが、いいデザインを「作り続ける」のはかなり難しいんですね。40代半ばになってこれまでを振り返ると、30代は若さと勢いで乗り切れますが、それでしのげるのは40代前半までで、それ以降は「噛んでも噛んでも味がでる昆布」のようなテーマがないと創作できないし、若いときに身につけたデザイン手法も古くなるので、継続的な勉強と身につけたものを脱ぎ捨てていく勇気、しっかり展開していける持続力が必要となります。
ほとんどの優秀な人もそれができないので、若いときに全国的に活躍した建築家やデザイナーも、ほとんどが40代半ばで第一線から消えていきます。継続的に活躍できる人は一割くらいでしょうか。スポーツ選手は30歳前後が体力的限界の目安ですが、デザイナーは40歳前後が知的体力の限界の目安なんですね。新進気鋭の若手経営者だった人も、50代になると勢いが衰えていくので、みんな共通でしょうか。
村上春樹は、そのあたりを工夫して戦略的に乗り越えていきます。初期の小説の書き方は、あくまで初めて書くときの手持ちの材料と手法だけで書いたので、それでは持続して小説が書けないと意識し、自分の内部に井戸を掘って物語の鉱脈を掘削していくような、持続的な書き方とテーマを模索していきます。「ノルウェーの森」がベストセラーになり、いろいろな依頼や誹謗中傷で集中して小説が書けなくなると、静かな執筆環境をもとめて海外に移り住みます。長編小説を書き続けるには、集中力と持続力を支える体力がいると思うと、毎日のランニングを日課とし、フルマラソンに出場するくらいに取り組みます。(そのあたりは、建築家の安藤忠雄さんも、体力が大事だからランニングをしていると言っていたので同じですね。)そういう努力と工夫の上に、第一線で長く小説を書き続けられる秘訣があるんだなあと納得させられます。
オリジナリティーとは何か、どういうプロセスで小説を細部まで仕上げていくのか、河合隼雄さんとのエピソードなど、他にもいろいろな内容がありますが、人生を長く生きる上での示唆が詰まっているので、生き方を模索している人にはオススメです。特にこれから40歳前後にさしかかる人には、気づきが多いのではないでしょうか。
創作系の仕事をしている方には、特に示唆に富んだ一冊です。読みやすい本なので、村上春樹の小説が苦手な方にも読めると思いますよ。(スイッチ・パブリッシング/新潮文庫)
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